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ルシフェルによる福音書

復活 その3

「ねえ、いないよ」
 四角い穴からルシフェルがひょいと顔を出しました。
「何ですって?」
「だから、イエスさんいないんだってば」
 洞窟の中から困ったようにルシフェルが出てきます。
「いないって、どういう事。もう復活したとでも云うの」
「違うよ、全然、何にもないんだよ」
「何にもって、死体も」
「そうだよ。ちょっと前まで置いてあったみたいだけど、もってかれたって感じ」
「もって行かれた?」
「うん、ほら、死体を運び出した気配が残ってる」
 ルシフェルが洞窟を指さします。
 ミカエルは意識を集中します。
 二つ。
 イエスの気配が二つしました。ここはまだ誰も使ったことのない新しいお墓です。そこに、イエスの気配がミカエルには二つの光のすじとして見えました。
「つまり、弟子によってここに運び込まれ、そして、誰かに運び出された……」
 ミカエルは、ついっときびすを返し、倒れている番人の所まで歩み寄りました。
「起きなさい。死すべき運命の者よ」
 番人の一人がうつろな目で起きあがります。
「汝の口、戒めを解かれよ。汝が心、我が問いに答えよ。されど、汝の魂、今を刻む無かれ」
 ミカエルは歌うように囁きかけます。
「っと、これでいい。超自我レベルでも、この会話は記録されない。ここでの会話は、復活の歴史になんの影響も及ぼさないはずよ」
「すごいねえ。やっぱりお姉ちゃん悪魔の素質あるよ。これなら神様にも隠し事できるかもね」
「うるさいってば。質問を始めるから黙ってて……汝、罪深き番人よ。かのユダヤの王は何処にいる」
「……ゆだやのおお」
 どんよりした目がミカエルを見返します。
「今いまし、昔いまし、やがて来られる世界の王は何処にいる」
「……世界の王」
 その言葉に番人の目の焦点が合い、驚愕したように見開かれました。
「ああ、なんと云うことだ」
 番人は叫びました。
「災いだ、災いだ、この地に住まう人は災いだ。世界の王が血を流された。ユダヤの王が血を流された。今いまし、昔いまし、やがて来て人々を救う世界の王の血が流された。見よ、この地は呪われ、千年の後、二千年の後、この地に住まう全ての者は嘆きによってその罪を贖うだろう」
「止めよ」
 ミカエルが男の口に手の甲を当てました。
「言葉は正しき者が正しき口にて発せねばならぬ。汝は問われたのだから、問いに答えねばならぬ。汝は明日ではないのだから、明日について語ってはならぬ」
 それから、ふいに優しい声に戻って、囁くように語りかけます。
「大丈夫。あなたは何も怖がらなくていい。だから答えなさい。あの方は何処にいる」
「……金を……もらった」
 番人はその声に促されるようにゆっくりと口を開きました。
「誰から」
「あの方を……十字架に……つけた……者達から」
「そして、あなたはどうしたの」
「あの方が……甦らないようにと……別の場所に……埋めろと……」
「何処に埋めたの」
 ミカエルの声は何処までも優しく響きます。けれど、その目の光は厳しさを増してゆきました。
「さあ、示しなさい」
 男はゆっくりと指を上げました。
 その指がミカエルの背後を指し示します。
 ミカエルの顔から血の気が引いてゆきます。
 ゆっくりと。
 いやいやをするようにゆっくりとミカエルは振り返ります。
 のろのろと視線を指が示す先に移して行きます。
 その先に平べったい円い石が、半ば地面にめり込みながら立っていました。
 先ほどミカエルが投げた石です。
 きっぱりと、番人の指はその石の下を指し示していました。

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